園生活を終えて

☆長男が入園してから次男が卒園するまでの5年間、大変お世話になりました。振り返ってみると本当に充実した幼稚園生活で、親子共にとても素敵な気持ちで過ごすことが出来ました。そしてとうとう港南台幼稚園を卒園なんだと思うと、とても寂しく感じています。3年前の入園当初は、子どもにとって初めての集団生活で不安でいっぱいだったと思います。けれど、優しく温かい先生方やお友だちのおかげですぐに園生活にも慣れ、幼稚園での出来事や楽しかったこと・手遊びや歌など、たくさん聞かせてくれるようになりました。そして年長になってからは、秋まつりやクリスマスページェントなど行事が終わるたびに子どもの成長を感じることが出来ました。特にリレー大会では、最後まで諦めずに一生懸命頑張っている姿や、クラスみんなでお友だちを応援している姿を見ることができ、とても嬉しく思いました。色々な行事や活動を通して、友だちと協力することや達成した喜び・頑張る力など、少しずつ何かを感じ、吸収しながら成長していくことが出来たように思います。そして、いつものびのびと・自分らしく・自信を持って過ごすことが出来たのは、港南台幼稚園の先生方がいつも優しく子どもたちに寄り添い、温かく見守ってくださったからだと思っています。今までありがとうございました。
★年少の頃は親から離れる不安、慣れない園生活、お友だちとの関係に気を病み、毎日のように泣いていました。下着のお着替えも進級の頃まで毎日続いていました。そんな彼女が唯一無心になって取り組んでいた遊びは、粘土遊びです。登園して涙が枯れると、何を作るでもなく、ただただ無言で粘土をいじっていたそうです。先生方はそれをよく理解してくださり、学期の始まりなどで彼女が不安を抱きやすい時期には、いつもそっと粘土を用意してくださいました。「なんと今日は粘土で遊ばなかったんですよ。」という話を聞いたときには、感動したことを覚えています。そして、粘土遊びから発展したのが“おだんご作り”でした。来る日も来る日も一人きりで作り続けたおだんごは、年少の中期には大人も驚くほどの仕上がりになっていました。降園後の園庭では、自分の作ったおだんごをお友だちのお母さん方が見かける度に褒めてくれました。すごいね、きれいだね、あなたのおだんご好きよ。照れて下を向きながらも嬉しそうにはにかむ彼女の姿が、今も目に焼き付いています。それからも彼女は、ふとしたときにおだんごを作るようになりました。悲しいことがあったときや、1人で何かを考えているときに多かったように思います。その頃の彼女にとって、おだんご作りは心の安定を保つ方法だったのだと今では思います。そして時は流れ、先日の懇談会で拝見したおだんご作りの写真。そこには、たくさんのお友だちと一緒に楽しそうにおだんごを作っている彼女の姿がありました。たった一人で始まった彼女のお団子作りは、とことん遊び続けたことにより、お友だちとのお団子作りに変化していったのです。運動会の練習があるから、発表会があるから、年長さんは集団活動があるからと、自由におだんごを作る機会がなかったとしたら、彼女にとってのおだんご作りは寂しいときの1人遊びになっていたかもしれません。おだんご作りを認めてもらい、褒めてもらえたことで、唯一の遊びから得意な遊びへ、そして大好きな遊びへと変化していきました。今、我が家の家にはチューリップが葉を伸ばしています。このチューリップは、去年の春に咲いた球根を保管していたものです。花が咲き終わったあとに葉が枯れる枯れるまで土の中で養分を蓄えさせ、その後日陰で乾燥させて保管する。来年も花を咲かせるため。咲くかどうかは来年にならないと分からない。それでも咲くことを信じて1年待つ。そして咲くことを信じて土に戻し、咲くことを信じて水をあげる。なんだか子育てに似ているなと思いました。今していることが目の前では形にならなくとも、その先のことに希望を持ち、手をかけ心を注ぎ続ける。私にもこんなことが出来るようになったんだなと感じました。これはきっと、子どもたちが私に教えてくれたことなのだと思います。子どもたちが港南台幼稚園で過ごし、成長してきた日々は、私の成長の日々でもありました。「港南台幼稚園でよかったね」と言って卒園したいと常々思っていましたが、今は胸を張って言えます。港南台幼稚園で過ごせてよかったです。本当にありがとうございました。
☆2年間本当にお世話になり、ありがとうございました。子どもは子どもの中で育っていくのだなと、毎日の様子を見て感じました。そして子どもの側にはいつも、温かな気持ちで見守ってくださっている先生方がいました。先生全員が子どもの名前を呼んでくれる幼稚園が本当にあるとは思っていませんでした。もっと早く入園していればなと思うこともありました。子どもだけでなく、親の気持ちにも寄り添っていただき、本当にありがとうございました。決して忘れません。この気持ちを一生大切にしていこうと思います。ありがとうございました。
★卒園してしまうので…私の正直な気持ちを書きます。私は港南台幼稚園第2回か3回の卒園生です。私は幼稚園が嫌いでした。怖い担任で、泣いていた思い出が強く残っていました。幼稚園は厳しいところ、お行儀良くしなければならないところ、そんな印象が卒園してからもずっとありました。ではなぜ、そんな怖い幼稚園に自分の娘を入園させたのか…それは星の子(プレ幼稚園)を選ぶときに、当時在園生のお母さんである知人から、港南台幼稚園の素晴らしさをたくさん教えてもらい、港南台幼稚園の印象が180度変わったからです。是非この園に娘を通わせたいと思ったのです。入園してから思ったこと、入園させて本当に良かった!大正解でした!園の情景は私が通っていたときとさほど変わっていない気がしますが、園の方針や先生方の温かさ(当時の先生と比べてすみません…子ども目線での当初の私の気持ちです)がまるで違う、優しさにあふれていて、担任の先生以外の先生も娘のことを知ってくださる、見守ってくださる、いつも娘の気持ちに寄り添って上手にリードしてくださる、ああ私も今の港南台幼稚園に通いたかったです。もう40年以上前のことで、世間も時代も違います。比べても仕方のないことですが…。私も母親として未熟なのを色々とアドバイスしてくださり、先生方には大変お世話になりました。園を通じて、これからも仲良くしていける仲の良いお友だちとも知り合うことが出来ました。親子共々感謝感謝です。ありがとうございました。“やさしいおひさま すんでます”本当にそうでした!
☆娘が1歳のとき、主人の仕事のためにベトナムから日本に来ました。そのとき、幼稚園と保育園の違いどころか、日本語も分からなかったです。たまたま知り合いの方に港南台幼稚園が良さそうだと言っていただきました。見学させていただいたとき強い印象が、木のたくさんある園庭ということでした。申し訳ないですが、あのとき先生がおっしゃった言葉も分かりませんでした。ところが、優しい雰囲気を感じられて入園することにしました。4月入園式の次の日、娘は初めて1人で幼稚園に通うことになりました。初めて母親と離れたし、言葉も通じなかったし、どんなに不安になり、どんなに寂しさを感じたでしょう。私も心配しました。あの日のお天気、娘が着ていた服、緊張していた顔、先生から聞いた幼稚園で過ごしていた娘の様子…今でもよく覚えています。昨日のことのように思います。次の日、また次の日、娘は寂しい顔をしていましたが泣かずに登園しました。本当に頑張りました。親が思っていたよりもすぐに幼稚園で友だちが出来て、楽しく過ごすようになりました。娘は1年間何も喋らなかったが、先生たちと友達はそのままの自分を受け止めてくださいました。何よりそれがありがたいことです。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。プレを含め4年間、大変お世話になりました。4年間幼稚園に通い、役員もやり、日本語や幼稚園のことも少しずつ分かるようになっていき、私は港南台幼稚園が好きになりました。幼稚園を選んだのは偶然でしたが、出会えて本当に良かったなと思っています。いつの間にか幼稚園は、私と子どもにとって生活の一部で、安らかな気持ちにさせてくれるところになりました。あんなに恥ずかしがり屋さんだった娘が年長になったあと、自信を持ってページェントや劇もちゃんとできたことなんて想像出来ませんでした。娘の成長は先生たちのおかげです。子どもだけでなく私も説明会、懇談会などを通じて、先生から子育てについていろいろと教えていただいたことがたくさんあります。園長先生、担任の先生のおっしゃった言葉で私の心を落ち着かせて、子どもとの日常生活を大切に送ることができます。暖かい雰囲気のクリスマスを祝う日、リレー大会、劇など1つ1つ価値がある行事、どの子にでも優しくしてくださる先生たち、木がたくさんある園庭、その全部が私たちの宝物です。港南台幼稚園での4年間を誇りに、小学校生活も楽しんでくれるのを信じます。ありがとうございました!年少の息子も今後ともよろしくお願いいたします。

< 戻る

地域の方